日本史の教員。へいわ。

ここ、文理共同のこの学部に来るまで、私の夢は社会、日本史の教員でした。私は理系でしたが。今回はそんな話。

 

 

もちろん、教員という職に憧れがあったことは認めます。そうでなければ、歴史学者でも十分でしたでしょうに。※高校時代は物理or化学のと言ってました。

 

 

 

私のこの夢の原点は、小学校にあります。

ここの図書館にはろくに漫画が置いてなく、あったのはブラックジャックはだしのゲンだけ。前者は命や人間を深く、後者は無論戦争を描いています。これが原因で私はかなりの平和主義です。

 

 

 

ここで、今平和主義と適当に言いましたが、平和ってなんでしょうか。よく日本では戦争の対極の言葉として使います。仮にそうとしましょう。多分私もそう考えてるはずです。

 

 

じゃあ、平和について学ぶなら戦争について学ばんないかんよね。私はずっと公立の学校やから、他とは大差ないはずなんやけど

 

私の所は

空襲だの焼夷弾だのガマだの特攻だの...

 

学年が上がっても学校が上がっても流れるのは戦争の“悲惨“さばかり。

特に一般民衆の関わるのが多いかな

 

まあ、それも大事なコンテンツには間違いないけどさ。

 

 

こんな授業って、生徒の感想ってひとつしか出てこんよね。

「戦争は悲惨だからしちゃいけない」

寧ろこれにさせたいまであるような。

 

 

でも、これだけしか教えてこないから、戦争が悪いことは分かっても

何故戦争がおこるのか

戦争をする利点

戦争とはなにか

 

が全然分からない。これじゃあ平和も分かんないんやないかな。

 

 

 

あと、今の日本の戦中の歴史教育って、相当海外目線な気がする。

 

 

 

だから私達は日本が何故戦争をしたかも分からない。精一杯考えてABCD包囲網の破壊が出てくる程度。(どう考えても連合国に勝てんでしょ中国ともやってんのに)

 

だから戦争責任が誰にあるかも分からない。東条英機が偶然A級戦犯になってたから、その人を悪者にして、誤魔化してる風にも十分捉えられるような。

 

(歴史は勝ったものが作るってこの事よね)

 

 

だから、平和も分からない。(私も分からない。)

 

 

 

そんな状態でホントに平和国家なのかな。終戦を平和の始まりにしたいのに、戦争を有耶無耶にしたけん平和も分からんごとなっとらんかな。

 

 

 

 

 

 

だからそれを生徒に伝えたかったのかもしれない。本当の歴史を知ってもらって、そこから何かを感じ取ってもらいたい...?

上の考えは大学に入った私が思ったことやけど、本能か何かがそうさせてたような気がしてならぬ。

 

 

 

 

※あくまで私の一説です。